2023年4月11日、金子みすゞは生誕120年を迎えます。20歳から雑誌に詩を投稿し始めた彼女にとってはデビュー100年にもあたります。
「みんなちがって、みんないい。」(「私と小鳥と鈴と」の一節)など、だれもがそのフレーズを知る、童謡詩人・金子みすゞの世界をご紹介します。
*文中に出てくる詩の出典は『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局/フレーベル館)
2023年4月11日、金子みすゞは生誕120年を迎えます。20歳から雑誌に詩を投稿し始めた彼女にとってはデビュー100年にもあたります。
「みんなちがって、みんないい。」(「私と小鳥と鈴と」の一節)など、だれもがそのフレーズを知る、童謡詩人・金子みすゞの世界をご紹介します。
*文中に出てくる詩の出典は『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局/フレーベル館)
12年前の東日本大震災の直後、くりかえし流されたACジャパンの「こだまでしょうか」
を覚えていらっしゃる方も多いでしょう。
コミュニケーションをテーマとしたCMが、被災された方々をはじめとしたさまざまな立場の違う人を思いやり、寄り添うイメージと重なって大きな反響となりました。
『こだまでしょうか』
「遊(あす)ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと 「馬鹿」っていう。
「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。
そうして、あとで さみしくなって、
「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、 いいえ、誰でも。 |
『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局)より
作者は金子みすゞ。話題が大きくなるにつれ、「こだまでしょうか、いいえ、のぞみです。(新幹線の名称)」などのパロディも生まれ、その年のユーキャン新語・流行語大賞でもトップ10に入りました。
今年、2023年4月11日、みすゞは生誕120年を迎えます。20歳から雑誌に詩を投稿し始めた彼女にとってはデビュー100年にもあたります。
「みんなちがって、みんないい。」(「私と小鳥と鈴と」の一節)など、多くの人がそのフレーズを知る、童謡詩人・金子みすゞの世界をご紹介します。
「童謡」というと、子どもの頃、学校や家で口ずさんだ、なつかしい思いをお持ちの方も多いでしょう。北原白秋、西條八十、野口雨情といった童謡詩人が生み出した言葉を、私たちは知らず知らずに口ずさんでいます。
みすゞの詩に曲のついたものはありませんでしたが、はじめて作品が雑誌に採用されたときのよろこびを編集部に送っています。「童謡と申すものをつくり始めましてから一カ月、落選と思い決めてあぶなく雑誌を見ないですごす所でした。嬉しいのを通りこして泣きたくなりました。ありがとうございました。」(1923年11月号「童話」一部略)
「童謡」は、若者が夢中になる、この時代の最先端の表現のひとつでした。
『ばあやのお話』
ばあやはあれきり話さない、 あのおはなしは、好きだのに。
「もうきいたよ」といったとき、 ずいぶんさびしい顔してた。
ばあやの瞳には、草山の、 野茨のはなが映ってた。
あのおはなしがなつかしい、 もしも話してくれるなら、 五度も、十度も、おとなしく、 だまって聞いていようもの。 |
『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局)より
誰もが子どもの頃出会う感情、共感できる気持ちが綴られています。100年前の雑誌の読者も「金子さんのにはいつもながら敬服しています」「金子さんのが大分よいと思います」「金子みすゞ様は相変わらずお上手ですね」と絶賛しています。いまのネット上の「いいね!」と一緒ですね。
当時の雑誌に作品を「投稿」していたみすゞは、現代でいえば、YouTuberやTikTokerのような存在だったのかもしれません。
いまでは多くの教科書にも作品が載っていることもあり、よく知られたみすゞですが、ほんの30数年前までは、ほとんど無名の存在でした。
早くに亡くなったこともあり、すっかり忘れられていた存在を、掘り起こしたのが矢崎節夫さん(現・金子みすゞ記念館館長、童謡詩人)。大学1年生の時にたまたま出会ったみすゞの「大漁」に感動し、16年の探索ののちにみすゞの弟が手書きの遺稿を持っているところにたどりつきます。
『大漁』
朝焼小焼だ 大漁だ 大羽鰮の 大漁だ。
浜はまつりの ようだけど 海のなかでは 何万の 鰮のとむらい するだろう。 |
『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局)より
発見された手帳の中に眠っていた、ほぼ未発表の作品に衝撃を受け、何としても世に出したいと出版されたのが、1984年発行の『金子みすゞ全集』や、選集の『わたしと小鳥とすずと』(ともにJULA出版局)でした。
矢崎さんは、「これが出れば、日本の童謡史は一変する」と、当時の新聞記者に語っています(1983年12月14日付朝日新聞)。
ようやく活字となったみすゞの作品は、静かに広がっていきました。
そして、矢崎さんが丹念に取材した『童謡詩人 金子みすゞの生涯』(JULA出版局)が1993年に出版されると、多くのメディアが知られざる童謡詩人の全貌に驚き、知名度が一気にあがります。
作品も多く読まれるようになり、1995年発行の用語辞典「イミダス」には「金子みすゞ現象」という言葉まで掲載されるほどの盛り上がりに。翌1996年から各社の小学校の国語教科書に作品が採用され、みすゞの生涯はテレビドラマや映画にもなりました。
『私と小鳥と鈴と』
私が両手をひろげても、 お空はちっとも飛べないが、 飛べる小鳥は私のように、 地面(じべた)を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、 きれいな音は出ないけど、 あの鳴る鈴は私のように、 たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、 みんなちがって、みんないい。 |
『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局)より
2003年の生誕100年では、故郷である山口県長門市に金子みすゞ記念館もオープンし、今年はオープン20年、来館者は184万人に上ります。
金子みすゞは1903年4月11日、山口県大津郡仙崎村(いまの長門市)に生まれました。実家は書店を営み、学業も優秀でした。20歳で下関へ移り、親戚が営む書店の手伝いをしながら詩作、雑誌への投稿をはじめ、1923年9月発行の「童話」などの雑誌4誌に一斉に作品が掲載されました。
みすゞが学生だった当時、日本は大正デモクラシーの真っただ中。明治時代の男性中心の封建的な世の中から、女性や子どもの存在にもようやく光があたり始めた時代でした。
これからは子どもたちも、質のよい文学や、美しい絵にふれることが必要だと、当時、数多くの絵雑誌や児童書が出版されました。「赤い鳥」にはじまるとされる童謡運動もその潮流のひとつで、思春期のみすゞはこの思想に強く共感しました。
「童謡」という子どもでもわかるやさしい言葉で、大人の心にも矛盾しない「本物の詩」を書く。若者たちの芸術運動が、みすゞの作品の背景にありました。
『おさかな』
海の魚はかわいそう。
お米は人につくられる、 牛は牧場で飼われてる、 鯉もお池で麩を貰う。
けれども海のおさかなは、 なんにも世話にならないし、 いたずら一つしないのに、 こうして私に食べられる。
ほんとに魚はかわいそう。 |
『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局)より
例えば「おさかな」という作品、「かわいそうだから食べない」ではなく、食べなくては生きていけない人間の姿が描かれています。
やさしい言葉の中に、強い真実が描き出される。金子みすゞは偉大な童謡詩人であり、偉大な思想家でもあったのです。
浜のよろこびと海のかなしみ、一つの出来事からその両面にスポットを当てた「大漁」のように、みすゞの人生そのものから、私たちは、よろこびとかなしみの二面性を強く意識させられます。
みすゞがデビューした1923年9月は、奇しくも東京では関東大震災が発生した月。雑誌の9月号は8月には発行されていたものの、実際に掲載誌「童話」を印刷した東京・小石川の印刷所も大きな被害が出ました。
『明るい方へ』
明るい方へ、 明るい方へ。
一つの葉でも 陽の洩るとこへ。
籔かげの草は。
明るい方へ 明るい方へ。
翅は焦げよと 灯のあるとこへ。
夜飛ぶ虫は。
明るい方へ 明るい方へ。
一分もひろく 日の射すとこへ。
都会に住む子等は。 |
『金子みすゞ童謡全集』(JULA出版局)より
東日本大震災の人々の心がつらいときに、みすゞの詩がこだましていったように、その作品はこれからも人々のよろこびやかなしみと共に読み継がれていくでしょう。
コロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻、長引く不況……。先行きが不透明な現代社会にこそ、みすゞの真実の言葉が聞こえてきます。
「みんなちがって、みんないい。」の社会を本当の意味で実現することは、大変なことだと私たちは実感しています。時代は、まだ彼女の言葉に追いついていないのでしょう。
いま彼女の言葉は、世界13か国語に広がっています。
生誕120年、詩作100年の今年、金子みすゞの残した512編を読んでみてはいかがでしょうか。きっと、あなた自身の魂に響く珠玉の言葉にであうことができるでしょう。
「生誕120年童謡詩人・金子みすゞ展」
場所:富山県・西田美術館
期間:2023年3月25日~5月14日
内容:みすゞの生涯を軸に作品を読んでいただける展覧会。みすゞの手帳「南京玉」を実物展示。
「100年の時を超えて 展覧会 金子みすゞの詩(うた)」
場所:東京都・松屋銀座
期間:2023年5月24日~29日
内容:みすゞの詩作デビュー100年を記念し、豊富な実物資料とともに直筆パネルや絵本原画などを展示し、みすゞの作品世界の広がりを感じていただく展覧会。
生誕120年記念式典「金子みすゞの宇宙」
場所:山口県・ルネッサながと
日にち:2023年4月2日(日)
出演:矢崎節夫、ちひろ、神田京子他
主催:長門市文化振興財団 金子みすゞ顕彰会
内容:金子みすゞ記念館館長・矢崎節夫の基調講演のほか、歌や講談で生誕を祝う。
金子みすゞ記念館開館20周年
場所:山口県・金子みすゞ記念館
日にち:2023年4月11日(火)
内容:記念セレモニー、三冊の遺稿手帳実物展示など。
「一龍齋春水が未来につなぐ 金子みすゞ伝」
場所:東京都・文京シビックホール小ホール
日時:2023年6月20日(火)19時開演
出演:一龍斎春水、矢崎節夫
主催:金子みすゞ甦りの伝承実行委員会
内容:2007年から金子みすゞの生涯を題材にした新作講談「金子みすゞ伝」を口演している講談師・一龍斎春水が10年がかりで次世代に作品を伝える独演会の第1回。
番組名:NHK・Eテレ「あおきいろ」
内容:4月のうた 金子みすゞ「星とたんぽぽ」(作曲:倉本美津留)
放送予定:2023年4月
『みすゞうた』
繊維会社・田村駒が展開するブランドで、金子みすゞの詩をテキスタイルデザインにし、さまざまな製造メーカーとコラボすることで、布小物、着物など、多彩なグッズを展開しています。
『みすゞノート』
アパレルブランド・マーブルシュッドが、2023年盛夏コレクションとして、金子みすゞの10数編の詩からデザインを着想し、洋服や雑貨にしています。4月下旬より発売予定(写真は「私と小鳥と鈴と」のデザイン)。